子供たちと離れ離れになりました

現在、上の子はもう中学生なのでそれほど手はかからないものの、下の子はまだ保育園。

毎日フルタイムで働きながら、保育所の送り迎えをして、早ければ19時に家に着き、そこから食事、子供の相手、お風呂そして寝かしつけと怒涛の日々を過ごしていました。

自分のことなんて考える余裕もなく、どうして3人暮らしになってしまったのかよく分析する余裕もなく突っ走ってきました。

毎日毎日必死に考えていたのは、

・明日も5時半に起きなくちゃ、仕事に遅れるし、きちんとした朝ごはんが作れない。

・子供達には、平日は毎朝ごはん、みそ汁、おかず、副菜を取らせなければ。でもできていない日が何日か続いている、私って駄目な母親、なんとかしないと。

・夜は本当は子供たちを21時に寝かせたい。でも今はほとんど22時過ぎになっている。どうしてできないんだろう、私って駄目な母親、なんとかしないと。

・仕事して帰ってくると、疲れ果てている自分がいる。どうしてそんなに頑張ってしまうんだろう。だって仕事が楽しいもん。私、もともと働くの好きなんだよね、だから仕方ない。でも今は育児中なんだから仕事にパワーをかけるべきではない、私って駄目な母親、なんとかしないと・・・

こんなこと、毎日毎日頭の中でグルグル回っていて、とにかく食べさせて、寝かせて、また食べさせて。の繰り返しでしたし、それが普通だと思っていた。というより、私は自分でシングルになったのだから、頑張るのが当然、やって当然だ!!と思い込んでました。

ところが、今年に入ってから、仕事がますます忙しくなり、自分の中で今まで以上に余裕がなくなったんでしょうか。仕事が大変だった日には、帰って子供たちがじゃれ合っている声を聞くのがしんどくなってきました。

最初はしんどいだけでしたが、1か月、2か月と経つうちに、子供たちの声が騒音に聞こえるようになり、イライラがひどくなりました。イライラして、怒りをコントロールできなくなり、子供たちにあたることが増えました。

「うるさい!やめて!静かにして!一人にして!!」

と、気づくと叫んでいる自分がいました。

イライラが強すぎてどうしようもないと、子供に手を挙げるわけにはいかないので、自分の顔や頭を殴りました。

こんな状態じゃまずい、何か変えないと。

どうしよう、誰か助けて。

仕事しながら、毎日そう思っていましたが、日々の生活に追われて、誰かに相談することができませんでした。

また、近くに住む両親との同居を断って今3人暮らしをしている手前、親には頼ってはいけない、と心の底から思っていました。

そんなことが続いたある日、5月の半ばにとうとう事件が起こりました。

木曜日。この日も残業せまいと誓って朝から仕事をしていたのに、なかなか仕事がはかどらず、残業となって19時半に家に帰ってきました。

19時半ならまだ早いじゃない?と思うかもしれませんが、本来は21時に子供たちを寝かしつけたいと心底思っている私にとっては、19時半って「もう終わった・・・」ってことを意味しているんです。

保育所に着いたのも一番最後の19時20分。(本当は15分までなのに・・・)

そして家に着いてみると、なんと長男が帰っていない。

え、19時半なのに何してるんだ?こんなに遅くなったことないのに、どうしたんだろう?

長男のことが、とっても心配になりました。でもその心配は、イライラに変わりました。

イライラしながら、ごはんの準備をしなくては、と思っても、疲れていてやる気が起きないし、なんか冷蔵庫を見てもたいしたものもない。ろくなごはんも作ってあげられない、もうダメだ。本当に誰か助けて。

そう思っていると、20時になる少し前に長男が帰ってきました。

20時過ぎたらそこら辺探しに行こうかな、くらい心配していたのですが、つい「どこいってたの!なんでこんな時間まで帰ってこないの!遅すぎるでしょ!」と怒ってしまいました。

息子も、帰ってくるなりこう言われたので、カチンときたのでしょう。

すぐに口を聞かなくなってしまいました。

口を聞かなくなった息子に対して、八つ当たりするように「ちょっと!遅くまで遊んできてなにだまってんのよ、ごはんの準備手伝ってよ!」とあたりちらしました。

息子は、いつでも私より冷静なので、こういう時はスルーです。何度か私の言葉を無視しました。

ごはんの準備も進まず、とりあえず流しにあった小さい鍋を私が洗い始めたとき、長男が水をくみに来て「なに、俺が遊んできたからって、自分は仕事してきて大変だから八つ当たりしてんの?」と言われたことに、カーっとなり頭に血が上りました。

今思えば、きっと息子の言っている通りだと思います。本当に恥ずかしい。

でもその時はそんなこと考えられずにカーッとなってつい手に持っていた洗っている最中の小鍋で、息子の背中をたたきました。3回。

とっさに、手加減はしたものの、鍋ですから、硬いですから。後で見たら少しアザができていました。痛かったと思いますし、今までは平手で頭や背中を叩いたことはありましたが、物で息子を叩いたのは初めてでした。

その時、初めて息子が私に対して反撃してきました。

「もう限界なんだよ!!」と言いながら。

両手をつかまれ、ねじられ、倒され、足で腰のあたりを押さえつけられました。

でも、息子は、私のことは殴りませんでした。強い力で押さえつけただけです。

でも、もう力では全くかないませんでした。そして、私はビビリました。こんなに強くなっていることに。

そして、泣きました。息子も泣いていました。

自分に対して恥ずかしい気持ちもいっぱいありました。今まで子供たちを自分のモノのように扱ってきたのではないか、ということに気づかされ、八つ当たりをし放題にしてきたこと。それに気づきながら今まで止められずにいたこと。そしてずっと我慢させていたこと。それはきっと、長男だけでなく、下の子に対しても同じようにしてきたんだろうな、ということに気づいて、情けなく、恥ずかしく、本当に何とも言えない気持ちでした。

すぐに、近くにいた下の子が「おにーちゃんやめて!ママに乱暴しないで!!」と、泣きながら必死の形相でお兄ちゃんにつかみかかりました。

私を助けようとしてくれました。

それを見て、本当に悲しくなりました。

私は、何をやっているんだろう。

去年、離婚の裁判をして、元主人には親権を渡さないと、必死に争い勝ち取った親権なのに。こんなことをしているようでは、私こそ親権を手にする資格がないのでは?何をやっているんだろう、何をやっているんだろう。

息子とは、そのあと冷静になり、夜中まで話し合いをしました。

その時、初めて息子の本心が聞けました。

「俺は、ママに精神的に安定してもらって、普通の状態になったら一緒に暮らしたいと思ってるけど、ずっと言えなかった。だって、ママの精神状態が安定するまで別々に暮らすってことは、まだ幼い弟からママを奪うってことだから、弟がかわいそうでできなかった。でも、今のママの状態は普通じゃないから、きちんと治してほしい。そしたら、俺だってママと弟と3人でちゃんと暮らしたいよ。だって、やっぱりママは俺にとって世界で一番大好きな人なんだから、一緒に暮らしたいのは、当たり前なんだよ!!」

そして、翌日息子は189に自ら電話しました。

「母親から精神的虐待をうけています。母の精神状態が安定するまで、別居したいので相談に乗ってください」と。

そこから、実家も今の状況を知ることとなり、また児童相談所との面談も始まり、”母親は、子供たちとしばらく離れて暮らすこと”を指示され、精神科に通うようにも指示がありました。

精神科を受診したところ、仕事のストレスによる適応障害とのことで、少なくとも3か月仕事は休むこと、そして病院からも、子供たちとはなれて暮らすことの指示がありました。

息子たち2人は、同じ市内に住む両親がしばらく預かってくれることになり、私はとうとう、3人で暮らしていたマンションに、一人で暮らす生活が始まりました。

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