母親との関係

こんばんわ。

最近、母親との接し方がすっかり変わった私です。

幼いころから10才くらいまでは、母親の言いなりにいい子を演じていました。

10代からは、母とうまく接することができなくなり、母と会話をすれば必ず大ゲンカになり、まともに話し合いなどできない状態でした。

20代で結婚して子供を持ってからは、親の気持ちも少しわかるようになり、日常的なことなら普通に会話ができるようになったものの、母親の機嫌が悪い時や、八つ当たりをされたときなどは必ず大ゲンカになり、私の中のイライラが暴走して物を壊したり、自分を痛めつけたりすることが続いていました。

イライラするときの私の心では、いつも同じことが起きていました。

母の言葉に”イラッ”ときてしまい、そこから怒りが止められなくなります。

「どうして私にそんなこと言うの?私はそんなこと言われたくないのに!」

母の言葉がどんなものだったとしても、私が望んでいない言葉を母が言ったとき、(ほとんどそうなんですけど)必ず”イラっ”という感情が芽生えて、それが大きくなって爆発するという感じでした。

例えば、週末の予定について、私が次男と一緒に朝からスケートに行こうと思っている、なんて話しをした時に、「え、明日●●(次男の名前)を別のところに連れて行こうと思ってたのに。予定があるならもっと早く教えてよ!」と言われたとき。

または、私が飲みかけのコップを机に置いておくと、「あんたはいつも最後まで飲み切らないで必ず少し残すんだから!最初から少なめに水を汲みなさいよ!」とか言われたとき。

または、父が食事中にご飯を床にこぼしてしまった時、そこまで言う必要がないのに、必要以上に父を罵る母の言葉を聞いたとき。

心の中で”イラッ”という気持ちが芽生え、それが徐々に増幅していく感じです。

最終的には、怒りを抑えられなくなり、怒りの度合いが強い時には、母を殺したい気持ちも何度も芽生えました。

その頃の私は、母に、「こうしてほしい」または、「こういう風に言われたくない」という気持ちを常に持っていました。

ただ、それを母に具体的に言葉で伝えたことはないですから、母はそんなの分からなくて言いたい放題言ってしまう。

今考えたらおかしな話なんですが、自分の要望を相手に伝えていないのに、「そんなの話さなくても理解してよ!」と思っている状態です。

とってもわがままですね。

そして、コミュニケーションが不足していますね。今思えば、ですが。

でも、その頃の私はすぐにイラっとしてしまうので、そういった具体的要望を冷静に相手に伝えることはとても難しいことでした。

今は、相手がどんな態度をとっても、イラっとすらしない自分がいます。

あの、7月の誕生日に経験した3日間の闇の期間が、私の何かを変えてくれたようです。

それをみなさんにも伝えたいんですが、自分で何かを理解してどうこうして変えた訳ではなく、闇の世界を彷徨って、戻ってきて気づいたら変わっていた、という感じなので、こうしたらあなたもイライラしなくなりますよ、という伝え方はできません。

たぶん、それぞれ皆さん違う方法で、違う段階で、気づきが訪れるときがくるのではないかと思っています。

ただ、長年この自分のネガティブな思考を変えたいという思いは強く持っていましたし、変化が訪れる前には、子供に虐待とまで言われるような振る舞いをするようになってしまったり、会社に行けなくなったり、子供たちと別居することになって突然一人暮らしになったり、落ち込んで家から出られなくなったり、そんな中、超ポジティブ思考のヨガの先生に出会って、毎日ポジティブ思考を少しずつ注入されたりと、この数か月で、今まで経験したことがないような変化が、次々と目まぐるしく身の回りに起きていました。

精神科の先生によると、他の患者さんでも、回復に向かう時にはそういった変化や、私のような闇の世界を体験するような不思議な事象が必ず起きているそうで、先生は患者さんのそういう話しを聞くと、「あ、この人は真の回復に向かってるな」とわかるそうです。

そういう変化がないのに、調子がいいと口でだけ言っている患者さんは、なかなか真の回復には至らないそうです。

そういう変化を体験した患者さんは、いずれ真の回復をしていき、そしてまるで人格が変わったようになるんだそうで、先生は、「本当に不思議だよねぇ。長年やってるけど、こればっかりはなんとも説明できないなあ」とおっしゃってました。

今までの私の精神科的な病状としては、依存症(アルコール、ギャンブル、対人、買い物、仕事など)、境界性パーソナリティ障害(特に見捨てられ不安が強い)、アダルトチルドレン、うつ状態といった色んな面がありましたが、そのどれもが、全て幼少期の母親との関係からくるものでした。

幼少期に母に甘えたいのに甘えられず、愛してほしいのに愛を感じることができず、心の中でいつも一人ぼっちになってしまいました。

本当は母に愛してもらいたかったんですが、友人や、恋人からも愛情が欲しくて欲しくて仕方がありませんでした。ただ、友人や恋人からの愛情では、満たされることがありませんでした。

何故なら、本当に欲しいのは、母親からの愛情だったからです。

だから、自分で意識しているわけではなくても、常に人と親密になると「今は仲良くしてくれているようだけど、本当は私のこと愛していないんでしょ?どうせ見捨てるんでしょ?」という思考から、わざと相手が困るようなことや、逃げるような問題を起こして、本当に相手が私のことを見捨てないかどうかを確かめようとします。

例えば、付き合っていた人に、理由なく突然別れを告げてみたり、あの手この手で相手を困らせます。(本当は、そんなことしたくないのに、やってしまう感じです)

母親からの愛情が欲しかったのに、その気持ちが満たされずに大人になると、こんな面倒な人格になるんですね。

でも、万人がなるわけでもありません。

なる人と、ならない人がいます。だから、私は自分の性格が悪いだけで、自分が悪いんだと思い、自分をずっと責め続けていました。

ところが、7月に闇を経験した後に、誰から言われたわけでもないのですが、なんというか勝手に身体中で理解できたことがありました。

それは、「母は、私を愛してくれていたし、今も愛してくれている」ということです。

そして、母だけでなく、私は全てのものから愛されてここに今存在している、そんなことも、身体中で理解している状態になっていたんです。

本当に不思議な話ですが、嘘じゃないんですよ、私が一番びっくりです!

私が愛されている存在だということに気付いた時、自分が生きていても良いし、自分を責める必要が全くなくなりました。

そうすると、今まで気になっていた相手の言動が、全く気にならなくなっていました。

母が、何かネガティブなことを私に言ってきても、「そうは言っても、心の奥底では私のことをとても愛してくれている」ということが理解できているので、「はい、はい」ってな感じで真に受けないという対応ができるようになっています。

これは、母親との関係だけでなく、子供との関係、または夫婦間でも(私はもう離婚してますが)とても役に立つというか、楽になれる思考だとおもいませんか。

夫婦間なんて、毎日「ちっ、なんだあいつ。こう言ってくれればいいのに」とか、「あの人ったら、またこれやってくれなかった。」とか、「私は毎日こんなに家の掃除から何から頑張ってやっているのに、旦那ったら休みとなるとグウタラしてばかり!」とか、「結婚した時はあんなにかっこよかったのに、ライザップにでも行って少しは痩せたらどうなの!?」とか、そんな考えがバンバン飛び交ってませんか?

子供に対してもそうですよね。「あの子ったら、また朝起きないで。なんてダメな娘なのかしら!」とか、「上の子は出来がいいけど、下の子は旦那に似て全然だめ。これじゃまともな高校にいけないわ」とか、「毎日ゲームばかりしてて、ほんっとにろくなもんじゃない!」とか!

なんか、すーっごいネガティブですね。はい、私も毎日こんな思考しかありませんでした。

会社に行くと、超ポジティブに色んなことをこなせるのですが、うちに帰ってきたとたん、子供たちの悪い面ばかりが目に付いて、もう文句しかでてきませんでした・・・

今思うと、本当にダメな行動をしていました。でもそれも、気づくためには必要だったのでしょうけれど。

毎日一緒にいる家族だから、相手の嫌な面もたくさん見えてしまって、ついネガティブな思考が脳内を占拠してしまいがちですが、自分が愛の存在であることに気づければ、そんなネガティブな思考はもう湧き上がってこなくなってしまいます。

そうそうもう一つ。

自分が愛されていること、そして、自分自身が愛の存在であること。

それから、私も、あなたも、ひとつの存在であることにも気づきました。

本当は、神という存在があるのならば、その神の一部が私たちであるということにも気づいてしまったのですが、あんまり神とかいうワードを使うと、「え、なにオカルト?」とか思われるのも嫌なので、全面的には出さずに、少しずつ小出しにしていきますね。

なんというんですかね、私たちはみんな一緒なんですよ。

今ここにいる私も、これを読んでいるあなたも、そして刑務所に入っている罪を犯した人たちも、みんな、ひとつの存在だと思うんです。

ということは、全てが愛の存在です。

あなたも愛、私も愛、みんなが愛。そして、みんな一つにつながっていた。

そんなことが、あの闇の体験の後に実感したことです。

そう思うと、母のイライラしている姿を見ても、愛しいとすら思えています。少し前の私みたいだな、早く愛のことに気づくと楽になるのにな、でも人はそれぞれ気づくタイミングや方法が違うんだろうから、今一生懸命母は頑張ってもがいているところなんだな、そんな見方をするようになっている私がいます。

最近会う人について、その人が気付きの前のどういった段階にいるのか、分かるようにすらなってきました。

そして、私の周りにいる人たちが、少しずつ私と一緒に輝き出しそうな感じのイメージも出てきました。

一生懸命もがいて、それぞれが気づきを得ようとしている、そんな人たちと一緒に過ごしているこの今がとても楽しい今日この頃です。

私の母にも、いつか”気付き”が訪れますように。

error: Content is protected !!
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。